ご無沙汰しています。
何から書いていいのかってかんじだけど。
まずはここから
2014.10.24 20:58
男の子を出産しました。
そうです予定日は12月でした。
前回の恥骨が痛い泣き言記事を書いた翌日早朝。
出血のため救急車で搬送され、
近くの総合病院に切迫早産で緊急入院となったのです。
入院してからすぐは
なんでわたしが?、何か悪いことした?っていう後悔の気持ちと
張り止め点滴の副作用によるほてりと手先の震えにおびえて
泣いてばっかりでした。
いやこの1か月間で軽く5年分くらいの涙を流したかな。
早産の原因となる、お腹の張り。
この原因は羊水内の菌によるものとのことで
羊水穿刺(おなかに針をぶっ刺して羊水抜く検査)を行うと
微量の菌がいるとのこと。
しかも入院して2日目、
痛みがやってきて子宮口が3cmになっていたので
持たないかもしれない。
いつ生まれてもいいように
できるだけ胎児の成熟をさせておきたいということで
筋肉注射を2本打ちました。
とにかく持たせるだけ持たせましょう。
でも産んでも設備があるし
ここまで週数が進んでるし大丈夫だから。
このセリフをドクターから何度も聞いた。
友達からも家族からも
いろんな早産の友達の話やそのときの体重や週数を教えてもらって
そのあとこんなにおっきくなったから!っていう励ましをもらって。
分かってる、こんなちゃんとしてる病院やもん、大丈夫に決まってる。
頭では分かってるけど心がついていかない。
40週おなかの中にいさせてあげれないこと、私のせいやんて
責め続ける毎日。
子宮口が開いてから点滴の薬がさらに増え、
ふらつき、だるさという副作用もやってきていて。
もういや。こんなんやったら産んでしまいたいって思う自分と
母になるというのにお腹の子のことを一番に考えられないなんて
母親失格やんと思う自分との葛藤。
そしてまた泣くの繰り返し。
絶対安静だったので部屋のトイレと洗面台が行動範囲の限界。
毎日鏡で見る顔は泣いてむくんでいるのか
副作用でむくんでいるのかそれすら判断できない。
そして10.24の朝、回診のときの私の様子が
あまりにもぐったりしているということで
ドクターから2個目の点滴解除の指示がおりました。
それで張ってきたらそのままお産に持って行こうと。
その点滴が外れる直前、
週に一度のエコー。
少し開き直って覚悟を決め始めていた私は
念のため性別ちゃんと見てほしいなんて呑気なことも言ってたな。
内診した女医さん、
「うーん、6cm。
日付変わらないね。
性別?もうおっきくなってて隠れて見えないけど
数時間後には会えるし!」
ものすごいさっぱり!さすが女医!
そのまますべての点滴を外し、出産となったのです。
何とかひろきさんも陣痛のときに来てくれ
(立ち合いはいいから私が苦しんでいる姿を目撃してほしいと言ってあったので…)
早産≒安産のお決まりにもれず
3時間で息子が産まれました。
いくら子宮口が開いていても陣痛は身震いするほど痛かったし、
恐れていた会陰切開ももちろん行いました。
それよりもっともっとわが子のことが心配だった。
筋肉注射のおかげで肺機能が成熟に近づいていたようで
無事産声をあげてくれ、
とにかく、とにかくホッした。それが一番の感想。
でも出てきてすぐ心電図、点滴、カテーテル、酸素吸入されているのを
目撃するのはほんとうに心が痛くて。
今でも思い出すだけで泣けてきます。
なんてことを子供にさせてしまったんだろうって。
きっとこれは誰に励ましてもらっても癒えるものではなくて
この子が小学校を卒業するくらいまで
母親として私がひとりで背負っていくものなんだなって
今覚悟しているところです。
たぶん同じ目にあったお母さんたちもそうだと思うな。
それから産んだ後は同室の赤ちゃんの泣き声に
切なくなりながらも
無事回復し、
普通のお産のように6日後退院。
息子は生まれたその日からGCUに入院しているので、
退院してからも毎日お乳を届け、お世話をしに
面会に通っておりました。
それもおわり!
11/30 無事退院となりました。
寂しい思いさせてごめんね、今日からはママと一緒に寝ようね!